信じすぎる先生
スポーツが否定すればするほど、コーチ先生は「謙虚な才能」と受け取ってしまいます。
主人公はスポーツ。けれど、彼女だけが変なのではありません。 彼女のまわりに集まる人たちも、期待し、勘違いし、信じ込み、 そして毎回すこしだけ事件を大きくしていきます。
Sport.co.jpの笑いは、登場人物全員が真剣だから生まれます。 ふざけているのではありません。本人たちは、いつも本気です。
本名、スポーツ。自己紹介のたびに、場がざわつきます。 先生は期待し、同級生は二度聞きし、運動部はなぜか姿勢を正します。 けれど本人は、運動が特別得意なわけではありません。
ボールが飛んでくると、目を閉じます。 笛が鳴ると、何か怒られた気がします。 チーム分けでは、最後まで自分の役割を理解しないまま、なぜか中心に置かれます。
「名前はスポーツです。でも、能力までスポーツとは限りません。」
素直で、まじめで、少し大げさ。期待されると困るのに、期待を裏切ることにも胸が痛むタイプです。 だから毎回、できないなりに挑戦してしまいます。
ルール説明、急に飛んでくるボール、集団の熱血、ほどける靴ひも。 とくに靴ひもは、物語上かなり重要な敵です。
失敗しても、その場を明るくできること。 自分が笑われそうな場面でも、誰かを傷つける笑いにしないこと。 スポーツの勝利は、点数ではなく、空気を変えることです。
スポーツ:「私、まだ何もしてません。」
コーチ先生:「存在がすでに作戦だ!」
スポーツ:「それ、いちばん困る褒め方です。」
体育教師。熱血。声が大きい。信じる力が強すぎる。 「スポーツ」という名前を聞いた瞬間、彼の中で何かの伝説が始まりました。
スポーツ本人が否定しても、先生は前向きに解釈します。 転べば「地面との対話」。 逃げれば「回避能力」。 ボールを避ければ「守備範囲の判断」。 彼の辞書では、失敗はだいたい才能の別名です。
「君は気づいていないだけだ。スポーツという名は、もう走り出している!」
冷静なマネージャー。クリップボードを持ち、全員の混乱を記録し、 できれば混乱を止めようとします。けれど止められないことのほうが多いです。
ミナだけは、スポーツの本当の状態をきちんと見ています。 期待されすぎて困っていること。できないことを隠そうとしていること。 それでも、周囲を明るくしてしまうこと。
だから彼女は、スポーツをただ助けるだけではありません。 ときどき静かに背中を押します。
「スポーツ、逃げるなら左。挑戦するなら、まず靴ひも。」
スポーツの祖母。名前をつけた張本人。 本人いわく、オリンピックの夢を見た朝に「この子の名前はスポーツだ」と確信したそうです。
家族は止めました。役所でも二度聞きされました。 しかしグランマ・ビクトリーは動じませんでした。 彼女にとって、名前とは未来への旗です。
ただし、その旗を背負う孫が体育で毎回困ることまでは、あまり計算していませんでした。
「名前はね、先に勝たせておくものよ。」
近所の犬。正式名称は不明。ボールを見ると必ず持っていきます。 それなのに、なぜか試合中に現れると全員が一瞬だけ審判を見た気持ちになります。
笛は吹けません。ルールも知りません。 でも、大事な場面で走り込んできて、試合の流れを完全に変えます。 その結果、スポーツはよく助かり、よく困ります。
「ワン。」
スポーツは一人で面白いのではありません。 彼女を信じすぎる人、守ろうとする人、名前をつけた人、ボールを盗む犬。 その全員がいて、物語は走り出します。
スポーツが否定すればするほど、コーチ先生は「謙虚な才能」と受け取ってしまいます。
ミナは唯一、スポーツの限界も良さも見抜いています。だからツッコミが一番やさしい。
ピンチの時に現れる犬。ただし助けているのか、邪魔しているのかは誰にもわかりません。
登場人物がそろったら、次はエピソードです。 自己紹介、偶然のキャプテン、遅刻の全力疾走、サッカーボール事件。 スポーツの毎日は、本人の意志とは別の方向へ走っていきます。